2006-9-10 12:26
Tales of Fatiny
[资料存档]プレリュード04 『Liselsia』[官方日文小说]
[align=center][align=center][b][size=9pt]プレリュード[/size][/b][b][size=9pt]04[/size][/b][b][size=9pt] 『[/size][/b][b][size=9pt]Liselsia[/size][/b][b][size=9pt]』[/size][/b][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 三年生ともなると,それなりに自分のこともわかってくる。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 学生の身分でおこがましいと,きっと私の両親なら言うだろう。そして,がんばれと。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] でも現実はそれほど甘くはなく,事実,私は落ちこぼれだった。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 私がフォルテール科に進学したのは,単に魔力があるからというだけに過ぎない。その才能に自惚れ,一時は本気で音楽家になろうと考えたこともあった。しかし才能なんてものは実際にはなく,あるのはただ,資質というか,資格だけだった。それを使って何をしたいかという部分が全く抜けていたので,今のこの結果は,当然の成り行きともいえる。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 私はただ,そんなことを考えながらぼうっと廊下を歩いていた。卒業発表がもうあと一,二ヶ月まで近づいているというのに,まだパートナーさえ決まっていない。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 今日は休みとはいえ,練習をする生徒のために,いつでも学院の門は開いている。焦燥感だけは人一倍あったから,私は練習と称して校内をうろついている。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] すぐ近くから歌声のようなものが聞こえて立ち止まると,廊下のすぐ先の曲がり角からから急に人影が現れた。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「きゃ!」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 誰かが[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]多分女の子が私にぶつかって,小さな声を上げる。私は女の子にしては大柄だったから,そんなにかわいい声もあげず,ただ何だろうと思っただけだった。ちょうど胸の辺りにある制服のボタンが顔に当たったのか,その女生徒はおでこを押さえて泣きそうな顔をしていた。方からずり落ちそうになってしまったフォルテールのケースを抱え直しながらとりあえず謝る。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「あ,ごめんなさい」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うぅ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]はい。あ,いえ,こちらこそごめんなさい」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 彼女はぺこり,と深くお辞儀をした。礼儀正しい子だ。それに,身体つきもずいぶんと小さい。よく見ると制服を着ていなかったから,うちの生徒ではないのかもしれない。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「あの[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あなた,うちの生徒?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]いえ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あ,違うんです。今度の春から,ここに入学することになりました[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]んですけど」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 私の制服を見て,先輩だったと悟ったらしい。緊張を増した様子でそう答えた。それがなんだかかわいらしく,彼女の気をほぐすために優しく続けた。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「そんなに緊張しないで。とりあえずおめでとう。私は今年卒業だから,一緒にはならないけど,あなたはがんばってね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あなたは?」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 考えていたことが思わず口に出てしまった。これ以上話しても愚痴っぽくなるだけだったので,私は笑ってごまかした。そして,簡単な疑問を口にする。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「そう言えば,さっき歌ってたよね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]いえ」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] なにが恥ずかしいのか,彼女はうつむいて否定した。そうして下を向くと,身長の違いのせいで,顔は全く見えなくなる。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「歌[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]好きなの?」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 彼女はその質問に,しばらく考え込むように黙った後,小さな声で答えた。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]はい」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あはは。緊張しなくていいって。好きなのはいいことだよ」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] そう,とても良いことだ。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「ところで,こんなとこでなにしてたの?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]父に連れられてきたんですが,用事があるようなので時間を潰してくるように言われまして」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] なんとなくだったけど,この子に興味がわいたっていうのもあった。気づけば気さくに話しかけてしまっている。話し相手が欲しかったのも,きっとある。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「じゃあ,まだ暇なの?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「え? あ,はい。あと一時間くらいは」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「なら,少し付き合わない? 案内くらいはできるよ」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] ふとした気の迷いだろうか。これからこの学院で学ぶであろう女生徒に,校内を案内してあげようという気になった。なにより,さっき少しだけ聞いたソプラノの美しい歌声が,まだ耳に残っているような気がする。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] もう一度聞いてみたいと思わせる,そんな声だった。でもこの子は内気そうで,なんだか歌ってくれる気がしない。でも,だからこそ聞いてみたいとよけいに思わせた。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 半ば強引に連れ出すようにその手を握る。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「え? あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あなた,名前は?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「リ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]リセ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]です」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「そっか,よろしく。私はラッセン。ラッセン[/size][size=9pt]・[/size][size=9pt]ナート」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] それから,三十分くらいは校内を歩いただろうか。その頃には,だいぶリセちゃんの態度も柔らかくなっていた。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「これで,一応最後かな」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「はあ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]結構広いんですね。それに,設備もしっかりしてます」[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt] 感心するように彼女はそう言い,最後に寄った練習室を眺めていた。狭い練習室ながらも,アップライトではなくグランドピアノを置いてあるあたりが,この学院の凄いところだろう。数えたこともないが,廊下に立ち並ぶ練習室全てがそうなのだから,校内にあるピアノの数は相当なものだった。[/size][size=9pt][/size][/align][/align][align=left][align=left][size=9pt]「まだ,時間はあるよね?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「はい。あと三十分くらいは」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ならさ,ちょっと寄りたいところがあるんだ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「寄りたいところ?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「まあね」 [/size][size=9pt][/size][/align][/align][size=9pt]内容を話したら断られそうな気がして,言葉を濁す。今日は学院自体が休みだったけど,練習室を使っている生徒はそれなりの数がいた。私もその中の一人だったはずだが,今日はもうそんな気分でもない。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] とにかく,練習室に学生でない人間をいれるのは気が引けた。これから通うことになる生徒だから,見回りに来た講師に見つかったとしても,それほど怒られることはないかもしれない。でも,念のために別の場所まで彼女を連れて行くことにする。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] そこは,私のお気に入りの場所でもあった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 何も言わずに,リセちゃんを旧校舎まで連れてくる。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] たくさんの貴族の寄付で今の新校舎が建てられてからは,ここが使われることはなくなった。とはいえ,敷地内の土地が余っているせいで壊されることもなく,今でも普通に使うことができる。時代のある建物なのだが,古き良き時代の建物はそれでも頑丈で,一向に心配する必要もない。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] きちんと電気も通っているし,置いてあるピアノが調律科の生徒の実習に使われたりするおかげで,練習するのにも全く差し支えがない。ただ,新校舎には膨大な数の練習室があったから,そんな目的で利用する人はほとんどいなかった。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] でも,時々静かな場所を好む生徒なんかが利用することもある。私もその中の一人だった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あの,ここは?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「旧校舎だよ。さっきまでいたのが新校舎で,あそこだと普通の学生もいるから,ちょっとね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「普通の学生がいると,なにかまずいんですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「んー,ちょっとね」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] ここまで来たら,さすがに帰るとも言わないだろう。種明かしをしながら,時々使っている音楽室に向かった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あの,ここでなにを?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ちょっと,フォルテールが弾きたくなっちゃって。卒業演奏のことは知ってる?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「い,一応は」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「私,実はパートナーもまだ決まってなくて,練習相手を捜してたの。良かったら一曲だけでもどう?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「えっと[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ここには他の生徒も来ないから,大丈夫だよ」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] なにを心配しているかは知らないけど,ここなら他の人に聴かれることもない。内気そうなリセちゃんも,それなら大丈夫だろうと思ってそう言ってみたんだけど[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あの[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]本当に歌ってもいいんですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「もちろん」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] おずおずと訊ねる彼女に,力強く答える。すると,さっきまでの態度が嘘のように,明るい顔をして彼女は頷いた。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 本当に歌が好きなんだろう。こんな純粋な気持ちをもっていたのなら,私ももう少し,ここでうまくやれていたかもしれない。まあ,今更言っても仕方がないことではあったけど。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「曲は何にする? これでも三年間ここで練習したからね。有名な曲ならだいたい弾けるよ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「えっと[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]それなら」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 彼女が挙げたのは有名な曲で,ここにいる生徒なら誰でも知っている類のものだった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「うん,それでいいよ。その曲好きなの?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「はい」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 嬉しそうに彼女は答え,ピアノの前に立って発声練習を始めた。なんだか本格的になってしまった感もあるけど,純粋にそれが嬉しくもある。ここの学生にもなっていない彼女がどんな歌を歌ってくれるのかも気になったけど,恥ずかしいところを見せられないという自尊心も働いた。急いでフォルテールを用意して,何度か試し弾きをする。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] [/size][size=9pt]――[/size][size=9pt]次の瞬間,彼女の澄んだ声が音楽室中に響いた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 小柄な身体なのに声量もあり,良い声だった。天性とでも言えばいいんだろうか。明らかに私が今まで聞いてきた,学生達のどの声とも違った。そしてそれは,プロの演奏会で聞くような声,とも言えた。驚きを隠せずに彼女の顔を見つめていると,それに気づいたリセちゃんが突然謝り始めた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]ごめんなさい。いきなり大きな声を出してしまって」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「いや,ぜんぜん構わないよ。どうせ外には聞こえないし。ちょっとびっくりしちゃっただけ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]それも,良い意味でね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]良い意味,ですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うん,良い声してるなって。ひょっとして,歌は長いの?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]ええ,まあ。小さいときからでしたから」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]へえ。私なんか真面目に練習をし始めたのはここに来てからだから,まだそんなに上手くないんだ」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] まるでその声に気圧されるように,気づけば言い訳をしていた。まだ,軽く声を聴いただけに過ぎない。でも,これだけははっきりとしていた。私よりもこの子の方が上手いんだということだけは。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]そ,そろそろ始めようか」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「あ,はい」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] これ以上黙っていたら,自分でも何をしゃべってしまうかわからない。それが怖くて,早く終わらせてしまいたい気分になる。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「じゃ,行くよ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「はい」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 不安ながらも,フォルテールの鍵盤に指をかける。誘ったことを軽く後悔しながら,指定された曲の初めの音を弾き始めた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 彼女の最後の歌声が,音楽室の壁に吸い込まれていった。フォルテールの余韻も,それと同時に消え失せる。素晴らしい歌声だった。それが,終わった時の率直な感想だった。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] そしてまた,素晴らしい演奏だったとも思える。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 私は彼女の声を聴いてからずっと,演奏が終わった頃にはみじめな気分になっているに違いないと思っていた。それほどまでに実力の差を感じてしまっていたし,実際に一緒に演奏してみても,それは明らかだった。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] でも[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]その歌声は優しく,私のフォルテールの音を包み込んでくれた。例え私が弾き間違えてしまったとしても,リセちゃんは気遣うように微笑みを浮かべ,間違いをかき消すように歌声を大きくした。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 目を合わせ,呼吸を合わせていると,彼女と一体になった気さえする。私が音楽を始めてから,まだ数回しか味わったことのない,音との一体感。それを,まだ学院に通ってすらいない一人の少女との間に通わせることができるとは。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 私はまた,そんな風に感じる自分の感性にも驚いていた。成り行きでここに通うことになった私は,音楽への情熱などはもちあわせていないはずだった。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] そんな私でさえ,今では心が躍り,演奏中はずっと,私達の作り上げた音楽が終わりを告げるのを残念に思っていた。そして,終わった後は幾ばくかのもの悲しさと,それ以上の充実感を味わっていた。 [/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あの,どうかしましたか? 私の歌[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]変でした?」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 一瞬,謙遜でそう言っているのかとも思った。でも,彼女の顔は真剣で,冗談を言っているようには思えない。これだけの歌を歌えて,どうして? とも思ったが,すぐに思い直した。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 小さい頃から歌を歌い,ピオーヴァ音楽学院に来るくらいの女の子だ。家庭でも,ずいぶんと厳しく育てられたのだろう。うわついた気持ちでここに来た私とは,全てにおいて違うのだろう。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「いや,どこも変じゃないよ。すごく上手かったよ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ほ,本当ですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うん」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 私が心からそう言っているのが,口調でわかったんだろう。嬉しそうにリセちゃんはそう言って,頬を赤らめた。私が女じゃなかったら,思わず抱きしめてしまいそうな笑みだった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「ラッセンさんも上手かったですよ。さすがだと思いました」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] それがお世辞の類であることはわかっている。でも,心からそう言ってくれていることがわかり,笑顔で頷いた。それに,今の演奏だけ聴くのなら,私もそう捨てたもんじゃないとも思える。リセちゃんの歌声に引き立てられて,というのが正直なところだが,悪い気はしなかった。それも,彼女の人柄なんだろう。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あ[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あの,それならもう一曲いいですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「もちろん」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 調子に乗って私も答える。こんなに純粋に音楽を楽しいと思ったのは,いつぶりだろう。もっともっと小さい頃だったか,それとも学院に入ってからは,全くなかったんだろうか。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] でも,それも今はどうでもいいことだ。私はフォルテールに再び向かい合い,彼女の知っていそうな曲を選んで弾き始めた。案の定彼女はその曲を知っていたらしく,続けて歌い始める。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 気づけば,約束の一時間を,少し超えてしまっていた。五分前には終わらせよう決めていたにも関わらず,それも忘れるくらいに楽しい時間だったらしい。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あ! リセちゃん,時間,時間!」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「え? [/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]あ」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 彼女も壁に掛けられた時計を確認して,まずそうな顔をする。彼女の家庭が厳しいのは,音楽にだけではないらしい。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あ,あの,ありがとうございました」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「いいから,急いで。忘れ物はない?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「大丈夫です」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 私の用意はどうでも良かったから,フォルテールはそのままにして急いで旧校舎の門の前まで一緒に走る。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「あの,ここまでで大丈夫です。今日は,本当にありがとうございました」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「いいよ,そんなにお礼を言わなくても。こっちこそ感謝したいくらい」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ラッセンさんは[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]もう卒業なんですよね?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うん,来年にはいなくなってる」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]そうですか」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 時間が無いというのに,彼女は悠長に残念そうな顔をして私を見つめた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「ほら,時間は?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「少しくらいなら,大丈夫です」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ならいいけど。ほんと,今日はありがと。なんか色々悩んでたんだけど,ちょっといい気晴らしになった」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「そ,そうですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うん。これから[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]三年間がんばりなさいよ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「はい。がんばります」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] その言葉を聞いて,なんだか私も嬉しくなる。初めてこの学院に来たとき,私もきっと,同じような顔をしていたに違いない。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] その顔がいつまでも曇らないように,となんだか女の子らしいお願いを心の中で呟いていると,リセちゃんが私と,その後ろにある旧校舎を眺めていた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「どうかしたの?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「この場所,他には誰も来ないんですか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「ああ,滅多にね。物好きな生徒が時々来るくらい。私の場合,練習したくないときとかね。考えてみれば,お気に入りの場所だったな」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 感慨深げに私も旧校舎を見上げていると,彼女が最後に訊ねた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt]「ここって,いつでも使っていいんですか」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「うん,学生になったらね。一人になりたいときとか,リセちゃんも使うと良いよ」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]いつか,また一緒に演奏できたらいいですね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「そうだね」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「約束しませんか?」[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt]「[/size][size=9pt]……[/size][size=9pt]うん」[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 果たされることのない約束をして,私達は別れた。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 音楽室に戻り,フォルテールをケースにしまう。そして,すぐに思い直して再びフォルテールを組み立てた。鞄の中からオリジナルの楽譜を出し,最初の一小節を弾き始める。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] もし時間があったのなら,この曲を一緒にアンサンブルしても良かったと思い,やっぱりそれも恥ずかしいからやめておいて良かったとも思った。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 気分は驚くほど晴れやかだ。リセちゃんのような人材が,ゆくゆくはこの国の音楽界を担っていくんだろう。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] 私は多分,彼女と一緒に演奏することはできないと思う。さっきしたばかりの悪意のない約束は,守れそうにない。それほどまでにプロの世界は厳しかったし,その中で残れる自信もなかった。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] ただ,彼女にはその資質もあるし,きっとそうなるだろう。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] そしてわずかに沸いた嫉妬心も,彼女の笑顔を思い浮かべるだけですぐに消えていった。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] 私は止まっていた手をもう一度動かして,フォルテールの練習を再び始めた。例え結果がどのようになろうとも,とにかく卒業演奏だけはがんばってみようと思った。[/size][size=9pt]
[/size][size=9pt] いつか誰かに,ここで過ごした時間のことを[/size][size=9pt]――[/size][size=9pt]この時のことを誇れるように。少なくとも,自分だけには誇れますように,と。[/size][size=9pt][/size]
[size=9pt] [/size]